判例解説をしていくにあたってのご挨拶
判例100選の判決や解説の中には、司法試験の規範部分や当てはめ部分に使われる考え方が多くあります。もっとも、試験ではそこは悩まなくていいけどたくさん解説してくれている部分、さらっと書いてあるが当てはめで使える部分とか色々な記載が混在しているため対応が難しく、100選は重要だけどしっかり読んでいないという受験生がたくさんいると思います。私も受験生時代はそうでしたが、今よく読んでみるとやはり役に立つと思ったので、受験生に使えるように解説をしていきます。もっとも、一から解説するのではなく、試験に役に立つと思ったことだけ書いていきますし、話が別の教材で学んだことに飛んだりもすると思いますが、とにかく受験生の役に立つ情報を書こうと思います。また、受験で使うならばこう考えればいいという程度の正確性でお話するので、学問的に100%正しいことしか言わないわけではないことを断っておきます。
事案
本日は、刑事訴訟法100選の最初にある1 強制処分と任意処分の限界という判例を解説します。
事案は、被告人は、酒酔い運転で事故を起こし、そこに到着した巡査から道交法違反の疑いで警察署に任意同行を求められ、警察署で取り調べを受けていた。被告人は、呼気検査をするように警察から求めらていたものの、これに応じなかった。警察の要請で被告人の父が警察署に来たが父の説得も受け入れず、被告人は母が来れば呼気検査に応じると言い出し、母に連絡後に警察署で母の到着を待っていたところ、被告人はやはり帰ると言い出したため、巡査が、呼気検査をやってから帰ればいいではないか、と言って、被告人の左手首を両手で掴んだところ、被告人が巡査の顔面を殴打する等の暴行を行ったために公務執行妨害となったという事案です。
そして、この巡査の、「被告人の左手首を両手で掴んだ」という行為が強制処分に当たるか又は任意捜査として違法となるならば、公務執行妨害が成立しないため、巡査の「被告人の左手首を両手で掴んだ」という行為が、強制処分に当たるかがまず争点となり、強制処分の意義が問題となったのです。
強制処分の意義及び当てはめのポイント
判決は、強制手段とは、個人の意思を制圧し、身体・住居・財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段を意味するものをいうと判示しました。
「個人の意思を制圧し」という部分ですが、これは、処分が相手方の意思に反して承諾なく行われるという程度の意味であり、意思を制圧するほどの処分であるというまでの意味はないものと思われます。したがって、この部分は、さほど重要ではないと思います。
次に、「身体・住居・財産等に」「制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、」「特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段を意味する」という部分について考えます。「身体・住居・財産等」のような重要な権利利益に「制約を加え」る場合は、「特別の根拠規定」(強制処分法定主義及び令状主義による二重の厳格な制約がなされる)が必要ということを言っているのだと思います。そこから考えて、令状が必要なレベルの権利侵害の場合(強制処分ならば原則令状がいるので令状がいる場合について考えればいいと思います)を、強制処分というものと考えられます。
そもそも、令状には、逮捕令状、捜索令状、差押令状等があります。逮捕令状は、身体の自由を48時間程度拘束することができます。捜索令状は、他人の住居や他人の仕事場に行って建物中を調べることができます。差押令状は、他人の物を捜査機関が証拠品として押収します。このようなレベルの権利侵害を強制処分ということができます。これは、権利利益自体が、身体・住居・財産といった重要な権利で、さらに令状が必要なレベルの侵害(身体を瞬間的ではなくかなりの長時間拘束される、住居を一定の時間調査する、財産をその場で少し見るのではなく警察署に持って帰る等)があるときを、強制処分というと考えられます。また、判例が、「身体・住居・財産等」という表現を使っているのは(等の部分は何を意味するのか?)、逮捕令状・捜索令状・差押令状を念頭に置いて、身体・住居・財産及びそれと同等に重要な権利利益に対する権利侵害を強制処分と考えているのだと思われます。これらから、強制処分とは、逮捕令状、捜索令状、差押令状がいるようなレベルの権利侵害や身体・住居・財産と同等に重要な権利利益への令状があった場合になされる程度の権利侵害をいうと考えればよいと思います。
この判例では、刑事訴訟法で最重要ともいえる強制処分の定義が出てきます。規範部分は、受験生のほとんど全員が書けると思いますが、当てはめに関しては得意でない人はたくさんいると思います。刑事訴訟法は、当てはめの科目ですので、当てはめができるレベルまで、規範の意味を深く理解することが重要です。規範の意味を理解するとは、規範を具体的に置き換えたり、問題で出てきた事実を抽象化して規範にとってどのような意味があるかを判断するといった、具体と抽象を言ったり来たりすることができることをいいます。
本事案で、巡査が「被告人の左手首を両手で掴んだ」という行為について、これを漠然と「身体・住居・財産等」への制約があったかと考えると身体への制約はあるといえるかも?とかこのくらいならば強制処分とはいえないはず?とか根拠不明の理屈で答えを出すことになってしまいます。このような場合は、令状がないとできないレベルの行為かと考えてみるとよいと思います。巡査が「被告人の左手首を両手で掴んだ」という行為は、身体を拘束するほどの行為とはいえず、説得行為の延長という程度といえますし、被告人は、左手首を掴まれたことによって、警察署から退出することができなくなりましたが、これは短時間のことであり(この直後に被告人が警察官を殴っているので結果として短時間になったとも言えますが)、逮捕と同等とはいえないと思います。判決でも、本件は強制処分とはいえないと判示されています。
ここからは、仮定の話ですが、本来の逮捕と同様に問答無用で身体拘束されなくとも、態度等で威圧して、実質的には拘束されていたのと同様といった事実があり、拘束の時間が数時間に及べば、強制処分と言える可能性がでてきます。ここは注意が必要な部分ですが、強制処分は、令状なしに行うことができませんが、令状と同様の行為でないと強制処分とはいえないというわけではありません。強制処分に該当する行為は、令状主義の範囲より広く、捜査機関は、強制処分の中で強制処分法定主義によって法定されており、令状が存在する捜査手法を令状を取って行なうことができるのであり、捜査機関が行なうことができない強制処分はあり、そのような強制処分は違法となるということです。
任意捜査としての適法性
次に、この判決は、任意捜査として違法かも検討しています。任意捜査として違法でないかの判断基準は、必要性、緊急性なども考慮した上で、具体的状況の下で相当といえるかといったおなじみの判断基準です。ここでいう必要性は、捜査の必要性のことであるのが重要ポイントです。
捜査の必要性は、まず、対象に何らかの嫌疑があり(本件では、被告人に酒酔い運転の罪の疑いがあり)、その嫌疑の程度(事故を起こしており、その後の呼気検査を拒否しているので嫌疑は濃厚)、その犯罪の重大性を考慮し、本件の捜査(呼気検査)の必要性(酒酔い運転の証拠として呼気検査は必要、他の証拠では代替できない)、緊急性(被告人が帰ると言い出し、これを止めるのは証拠確保から仕方ないといえる)といったことを総合的に考慮します。その後に、捜査の必要性と被告人側の権利侵害の程度(退室しようとしたときに左手首を掴まれたという程度でありさほど強いのものではなく、説得のために行われた(身体を制圧するような類型ではない)のであるから権利侵害の程度は低い)を比較衡量し、どちらが上回るかを判断します。本件は、捜査の必要性が被告人の権利侵害の程度を上回ると考えられ、相当性が認められる事案といえます。
判決においても、任意捜査としても適法と判示されています。
コメント